市街化区域内農地を考える

ヨーロッパではここ数年、都市における生物多様性の議論が活発になり、ロンドンでのハヤブサの復活やスペインでのツバメの巣の保護等の活動が行われ、今年の名古屋での生物多様性国際会議でも都市における生態系サービスの決議が行われようとしている。
日本でも屋上緑化等が行われているが生物多様性の議論にまで発展はしていない。しかし数年前から国土交通省では都市計画法の見直しが行われている。見直しのなかでは特に市街化区域内における農地の位置づけについての議論が進められている。
従来の都市計画法は市街化を促進することが目的で、農地については存続を前提としていなかった。特に土地バブルの時代には市街化区域内農地が土地高騰の原因とされ、生産緑地法が改正されて今日に至っている。
生産緑地に指定された農地は、相続税が納税猶予され、固定資産税も減免され、相続人が農業を継続しない場合は市に買取請求ができる。相続税が1反300坪、市街化区域内で発生したとして計算してみると以下の様になる。
宅地並み課税評価額は90万円(坪)×300坪=2億7千万円となり、固定資産税評価額は3千円(坪)×300坪=90万円となる。この差額2億6910万円が納税猶予金額となる。市街化区域内で相続が発生した場合、農業継続がいかに困難であるか想定できる。
このような状況のなかで昨年から東京都日野市で都市農業研究会が始まった。始まった理由は自分たちの周辺の農地が次々となくなるが、なんとかならないかという市民の声が契機であった。当初は座学のなかで、相続税の問題、農地法の問題、固定資産税の問題を中心に都市農業を取り巻く状況の理解から始まった。更に農地法都市計画法の狭間に揺れる都市農業の位置づけの議論、更に区画整理事業の諸問題へと発展していった。特に区画整理事業では「農あるまちづくり」というスローガンのもとに事業がおこなわれてきたが、事業終了後は農がどこにも見当たらないという現実をどのように理解したら良いのかという議論になった。その時に市民は都市農地を「景観」としてだけで見ていたのではないか、都市農業の継続という視点で農地を見ていたのか、都市農地と自分との利害関係性をどのように捉えていたのかという様々な意見が出された。
そんな中で、都市農地を生態系サービスという視点で考えてみようということになり、実際に日野市の田んぼで生きもの調査をすることになった。
現場は日野市堀之内浅川に近い田んぼで6月末に行われた。田植えは6月上旬に行われ、前作はキャベツであった。22名の市民が集まり、田んぼの中と水路を中心に生きもの調査を実施した。見つかった生きものは以下のとおり。オタマジャクシ、ユスリカ、イトミミズ、ミジンコ、姫モノアラガイ、ちびゲンゴロウ、姫ゲンゴロウ、灰色ゲンゴロウ、小水虫、ミズアブの幼虫、血吸ヒル、姫アメンボ、アメンボ、稲水象虫、子守グモ類、走りクモ類、足長グモ類、イナゴ、コオロギ、シジミ、タモロコ、平家ボタル、ヨコエビヒヨドリの24種類であった。当初、参加者の予想は10~15種類であり、種類の多さに皆、驚いていた。
参加者のアンケート調査から主要なものを拾ってみた。
日野市の環境として市民が農業の存続について考えることの必要性がわかった。
「都市農業」という言葉がとても印象に残った。(都市と農業ではないのだなと感じた)
田んぼには思った以上に生きものがいるのだなと思った。
素足で田んぼの土に入った感触。川と用水路のつながりがある日野の水路。
どのくらいの水が田んぼを通っているのか。用水路は管理が必要なの?
自然に触れないで成長してきて、知らないことが多く、新しい体験がとても楽しかった。
子どもの頃ハダシで田んぼで遊んだことを思い出しました。今よりもっと生きものがいました。田んぼは大切に残したいです。
都市農業問題を生物多様性の視点で考えてみると、自分の命、子どもたちの命、田んぼの生きものたちの命、それぞれがつながっているという実感を参加者は持ったようです。都市農地を景観論や食料安全保障論や地産地消論で論じても、市民にはなかなか理解できない。しかし生きものの視点で捉えてみると、田んぼと自分の関係が見えてくる。
この企画に引き続き、7月に銀座のど真ん中で田んぼの生きもの調査講習会を引き続き実施した。座学は紙パルプ会館、実習は銀座白鶴酒造ビルの屋上で実施した。紙パルプ会館の屋上ではミツバチを飼育しており、銀座ミツバチプロジェクトとして活動をしている。白鶴酒造では3年前から屋上緑化の一貫として屋上にコンクリート製の田んぼを作り、そこで酒米を栽培している。参加者は暑い中、コンクリート製の田んぼで一生懸命生きもの調査をした。しかし見つかった生きものは以下のとおり。ユスリカ、ミミズ、ミジンコ、ちびゲンゴロウ、姫アメンボ、芥子肩広アメンボ、ヤチバエ類、稲水象虫、トビムシ、ミズダニの10種類であった。やはり水道水が源流では水のネットワークに沿って生きものは集まれないし、周辺に山や沼が無いので生きものネットワークが形成されない。しかしビルの屋上で10種類の生きものが棲息していることは驚きであった。ビルの屋上にも生きもの回廊ができたら都市における生物多様性という概念が出来上がるのであろう。
日野と銀座の事例から市街化区域内農地が生物多様性にとって如何に大切なものかの理解が深まった。