風評被害への対応

3.11以降、農産物に対する風評被害は収束していないどころか拡大しているのではないか。週刊誌は危ない農産物というタイトルで放射能汚染農産物について書き続けている。政府から的確な情報開示がなされていないので、消費者の健康を守るという大義名分のもとに行われているが、該当する産地の生産者は死活問題なのだ。該当する産地とは福島に留まらない。先日、訪問した山形県ではサクランボの価格下落に歯止めがかからないと生産者は嘆いていた。理由はサクランボ狩りに来る消費者が激減しており、生産物は総て市場販売に回されるので価格が下落しているそうだ。この問題はサクランボに留まらず、リンゴやブドウ等の果実全般の問題であり、最終的に米にまで影響がきた場合に東北経済は壊滅的打撃を受けるのではないか。
このような状況を私は以前に経験している。それは2001年から2002年にかけて起きた牛肉のBSE風評被害。2001年9月に発生したBSE問題は牛肉枝肉相場を下げ続け、9月に1130円であったものが10月には472円にまで暴落してしまった。その後、10月18日に国はBSEの安全確認検査を全頭実施し、危険部位の流通を禁止し、更に全頭の個体識別証明を義務付けた。これで流通する牛肉の安全性は100%に近い形で確保されたのでマスコミも牛肉の安全宣言を出した。しかし残念ながら牛肉の消費は回復せず、大臣のパーフォーマンスも含め様々な方法で牛肉の「安全性」を強調すればするほど消費は回復しないという皮肉な結果であった。その後、11月にBSE感染の2例目3例目が発表され、12月7日には351円という最安値をつけてしまった。打つべき手は総て打ったにも係わらず、牛肉に対する風評被害は収まらず、このままでは日本国内の牛関係の畜産農家は総て廃業せざるを得ないという危機感を持った。
当時もう一度、牛肉の安全性が担保されているにも係わらず何が消費回復を妨げているのか検討してみた。当時の実態としては消費の主流を占める量販店の店頭には「BSE安全確認書」と「個体識別証明書」が掲げられていた。しかしよく売り場を観察すると、消費者が手に取るパック牛肉と店頭に掲げられている証明書は直接的に連動していなかった。それは無理のないことで量販店では肉類の加工包装を殆ど店内でしておらず、アウトパック工場でしていた。アウトパック工場では連続してパック肉を生産するので、個体識別番号毎にラインをストップさせるわけにはいかない。その結果、店舗ではパック肉と個体識別番号の完全一致は不可能であり、更に当時は牛肉偽装事件も発生し消費者に間違った情報提供が許されなかった。
当時の消費者は牛肉の安全性は頭では理解していたものの、自分の買うパック牛肉の安全性を確認する方法がなかった。つまり「安全」は頭で理解していたが「安心」して買う行動には移れなかったのだ。それではどうすれば消費者は納得して買ってくれるのか検討した結果、店頭の証明書とパック牛肉を連動させれば消費者は納得・安心するという仮説に至った。仮説に基づきある量販店と協議に入ったところ、アウトパック工場を利用せずに店内加工をする売り場が30店舗あるというので、そこだけを対象にして実験を開始した。店舗は週2頭を特定の牛肉産地からフルセットで引き取る物流を作った。(通常の物流は部分肉流通が主体であった)指定された産地では2頭分の個体識別証明書とBSE安全確認書をスキャンしてWEB上に情報提供したので、店頭のパック牛肉と証明書が完全に連動するようになった。(売れ残りは他の売り場に回すことで完全連動を担保した)更に、消費者は店頭に設置された液晶パネルにパック肉の個体識別番号を自分の手で入力すると、自分買うパック牛肉の証明書が瞬時に自分の目で確認できるようになった。当初は消費者も戸惑っていたようであるが実験に取り組んだ30店舗では前年(BSE発生以前の状況)を大幅に上回る売上を記録した。
この取り組みは2002年2月に神奈川の店舗で実施され、殆どのテレビ局が取材にきて様々なメディアに注目され報道された。更に、その後、他の量販店でも同様のシステムが次々に設置されたので、取り組みをした30店舗以上の効果をあげた。心配をしていた枝肉相場は4月以降、劇的に回復し、日本の畜産農家の崩壊は回避された。
この歴史から学んだこと。風評被害は誰も解決してくれない。時間の経過のなかで解決するが、その時間を持ちこたえられるかどうかがポイント。それでは今回の風評被害で自分たちの地域と暮らしを守るために出来ることは何か。私は情報発信しかないと思う。更に新たな行動を消費者に促すような情報発信を、産地生産者からすることではないか。
今回の風評被害は国の安全基準が無いという特殊事情のなかで起きているが、国から放射能の安全基準が出て検査が実施されても起きるものが風評被害なのだ。だからBSEの時と本質的に同じであり、違いはBSEの時は牛肉という商品に限定された被害であったが、今回は商品が限定されず地域の経済全体が被害にあっていること。BSE風評被害の解決策が安全と安心の一体的情報提供と消費者自身が安全を確認する新たな行動であった。今回の情報提供のうち安全についてはいずれ近いうちに安全基準が設定され、きめ細かい調査によって担保される。しかし安心についての情報提供とは一体何なのか。私は地域の安心とは「地域の暮らしと命」ではないかと考える。地域が普通の暮らしをしていること。地域の様々な命あるものが普通に生きていること。そんなことを地域の人々が皆で情報発信をしてゆくことが地域の安心の情報提供ではないだろうか。
私はこれまで田んぼの生きもの調査活動を支援してきたが、もしかしたらこの手法は地域の暮らしと命の情報提供に大いに役立つのではないかと思う。自分たちの周辺にある田んぼの生きものと子どもたちが普通に暮らしていることが大切なのだ。今年から本格的に「生きもの語り」という運動を展開しているが、将に自分たちの暮らしと生きものとの係わりを文章や絵、写真、俳句、川柳で表現する。これらの活動そのものが地域の安心を提供する。更に地域外の人も地域の生きもの調査に参加して地域の安心を実感する。
こんなことを地域全体の人たちが一緒に活動して情報発信をしてゆくことが、今出来る風評被害対策なのではないだろうか。いや風評被害対策のためにするのではなく、3.11以降の新しい生き方として一番大切なことではないだろうか。