農地は誰のもの

現在、TPPの影響による耕作放棄地の増大や平成34年に期限を迎える改正生産緑地法等により、国内の農地は大きな転換点を迎えようとしている。一方、北朝鮮南シナ海等での国際紛争が想定されるなかで平和安全法が施行され、軍靴の音が聞こえ始めている。更にシリア難民問題でヨーロッパ諸国はEU統合の理念が揺らぎ始めている。これらの3つの問題は、それぞれが独立して関係がないようであるが実は農地というキーワードでつながっている。

耕作放棄地や生産緑地については農地というキーワードそのものの問題であるが、殆どの国民は自分の問題として捉えていない。TPP締結で海外から安い農産物が入ってくるので家計が助かるという自己中心的な論理だ。更に市街化区域内農地については都市計画法の位置づけを見直す方向で検討がされている。耕作放棄地について固定資産税の見直しにより農地集約化の対象として議論されている。

国会審議に入ったTPPの国内農業対策として農地集約による大規模化と積極的海外輸出に活路を見出す方針が出されている。しかし耕作放棄地の殆どは中山間地に位置しており、農地集約の対象にならない。どちらかというと棚田の崩壊による治水機能が脆弱化し、国土の防災機能の問題に直結している。農地集約による大規模化の問題は欧米の畑作酪農を対象とした方程式であり、稲作という労働集約型農業を対象とした方程式には当てはまらない。机上の数字だけ見ていればいくらでも大規模化できるが、実際に40年以上構造改善事業をしてきても水田の大規模化は干拓地等の特殊な条件の下でしか実現できていない。更に海外輸出について将来展望は殆ど無い。米の輸出が1万トン実現できた暁にはベトナムから3期作のコシヒカリがそのマーケットに雪崩れ込むことは必定である。

改正生産緑地法は土地バブルの対処策生け贄として作られた制度であり、農業政策としては明確な位置づけがなされず、都市計画としても位置づけされず、更に固定資産税や相続税の税法の改正がなされていない。その後、特定農地の貸付制度や市民農園整備法によって市街化区域内農地の位置づけが多少は変わった。更に都市の住民の農地に対する意識が大きく変わり、市民農園から体験農園、コミュニティガーデン等、農地に対する市民の期待は高まってきた。しかし農地法都市計画法相続税の基本的な見直しがなされてこなかった。それは農地の所有権が農家にあり、その財産権を侵害するような法整備がなされなかったからである。地域における農家と市民の共有財産として農地を位置づける議論が展開されなかったことが原因である。

今回、平和安全法の施行により自衛隊の海外派遣が可能となったが、海外兵站基地への食料の確保については何も議論されていない。最近の国際紛争では兵器による直接交戦よりも経済封鎖という戦略が採られている。第2次対戦の戦没者のうち約60%強は餓死者といわれておるにもかかわらず、日本が経済封鎖をされた場合の平和安全法の中での食料確保政策は何処にも見当たらない。更に、北朝鮮の体制が崩壊した時に日本海を渡ってくる難民の食料の確保についても議論されていない。ヨーロッパの市民農園普墺戦争時のウィーン市民の飢餓対策として提唱され位置づけられているが、日本の市民農園は都市住民の趣味としての位置づけしかない。ドイツでは毎年、各州でクラインナガルテンの展示会としてブンデスガルテンショーが開催され、市民農園の位置づけが明確にされている。更に東シナ海南シナ海でのシーレーンが確保出来ない場合については石油の問題だけが議論されているが、第2次世界大戦時のロンドンはドイツのUボートで食糧船が撃沈され、一時は餓死寸前であったという。経済封鎖は島国を対象にした戦略としては非常に有効なのだ。

難民問題も単に難民の食糧問題では無い。日本の少子高齢化問題は第1次産業の労働力不足に拍車をかけ、既に一部の地域では研修生という名の海外労働者が多く働いている。少子高齢化は避けて通れない問題であり、欧米では海外労働者無くして農業は成立しない状態になっている。日本の農業が労働集約型であることを勘案すると、海外労働者の雇用は日本の農地のメンテナンスに必要となってくる。

このようにTPP問題、シリア難民問題、北朝鮮問題、シナ海問題等、全ての問題解決のためには農地の確保と食料生産労働力の確保という問題がある。単に平和安全法反対を唱えるのではなく、平和を持続的に維持するためには日本の国土としての農地をどのようにするのかという議論を避けて通れない。安くて美味しい食糧を海外から買える時は良いが、いつまでも買える状況が続くとは限らない。徳川幕府が300年間持続したのは250万町歩の農地と2500万人の日本人口のバランスがとれていたからなのだ。農業問題を食糧という商品として見ている日本人が農地を国土として見て、日本人の生命との関係性を認識できるような意識転換をしないと大変なことになる。