本当の開国

 世界農業遺産については以前にもブログで紹介したことがあるが、日本の新潟県佐渡市が「トキと共生する佐渡里山」を、石川県能登が「能登里山里海」を、昨年12月にGIAHSに認定申請をし、12月17日付けで受理されたので、この欄で再度紹介したい。
内容は佐渡市で開催されたシンポジウムの時に話したものである。
 GIAHSの正式名称は”Globally Important Agricultural Heritage Systems”で直訳すると「世界重要農業資産システム」となり、一般的には「世界農業遺産」や「農業の世界遺産」と呼ばれている。国連食料農業機関(FAO)が認定するもので、2002年に創設された。言葉の定義も前回「地域住民とその周囲の環境との関係性を持続させる取り組みから生まれた、世界的に重要な生物多様性を顕著に保持している土地利用システム及び景観」と紹介したが今回は具体的に紹介したい。更に、FAOと同じ国連機関であるユネスコ世界遺産と混同されるので、その違いと共通点を説明する。
世界遺産は1972年のユネスコ総会で採択された「世界文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいて登録された文化・自然遺産であり、国や民族を超えて普遍的な価値を持つ遺産を対象としている。1972〜1991年までの第1期は、記念工作物や建造物郡、遺跡の文化遺産が対象となり、歴史的に著名な建造物が多く登録された。次に1992〜2006年の第2期は、初めて「文化的景観」の概念が導入され、遺産を形成してきた地域社会や住民との係わりが考慮されるようになった。
 文化的景観の遺産登録からGIAHSへ
 GIAHSとは、このようなユネスコ世界遺産登録の流れを受け、国連の食料農業機関として、世界的に重要な農業上の土地利用,景観,生物多様性等の保全及び順応的な管理(マネジメント)の推進するために発足した。特に農業システムにおいて,伝統農法や伝統的知識を再評価し,文化的要素を含めた生物資源の保全と持続的な土地利用の促進を目的としている。これはFAOが東南アジアで実施している「水田生態系の生物多様性の伝統的な利用とその有用性」という調査活動と同じである。FAOは世界の飢餓対策として総ての地域が近代農業に転換するのではなく、伝統的土地利用に基づく農業を再評価することによって開発途上国における土地利用開発の方向性を修正しようとしている。GIAHSは現在8地域においてパイロット事業が展開されている。1.アンデス農業 (ペルー)2.イフガオの棚田 (フィリピン)3.水田養魚 (中国)4.ハニ族の棚田(中国)その他、開発途上国だけではなく、イタリアのレモン園等のヨーロッパやアメリカにおいてもGIAHS登録候補地として作業が進められている。
 世界遺産登録とGIAHSパイロット事業 
 フィリッピン・イフガオ棚田郡は先住民の知恵によって1000年前に築かれ、「天国への階段」と称され、美しい棚田がひろがっている。人口は18万人175村で構成され、貧しくて僻地ゆえに開発から取り残され、今日まで棚田郡という資産が存続したといえる。森林保護区域は棚田等の農地と区分され適切な土地利用がなされ、保水力に富み棚田の水供給源としての役割を果たしている。棚田は1年中湛水され、乾燥による地すべりを防止するが森林の灌水力が通年で必要とされる。土地相続は長子相続制度であり、伝統的リーダーの制度、協同労働集団による相互扶助制度等によって共同体としての農業が維持されてきた。しかし欧米文化の影響による貨幣経済の浸透により、伝統文化や技術が衰退し、若年労働者の転出により農業労働者が減少して棚田郡の維持が困難となり、現在では20〜25%が耕作放棄となっている。更に、キリスト教の平等主義によって長子相続が否定され、棚田壁面の補修がセメントでされ、伝統的な草葺屋根はトタンになり、世界遺産登録後は無規制の観光が進行し、棚田郡という遺産の保存と快適な生活との調和を図るのに苦労をしている。
そこで現在は住民参加と自主性の回復を目標に、伝統文化を基礎にした遺産保存につながる運動が展開されている。具体的には伝統的知識の継承のために生きている伝統の学校を開校し、住民に根ざした観光を実現するために観光事業利益を農家へ配分する仕組みが行われている。更に棚田郡で伝統的品種(ジャポニカ種)を栽培し販売する仕組みも行われている。
 佐渡GIAHS登録の課題と方向
 このようにGIAHS登録とは一般の世界遺産登録とは異なり、地域政策の課題と地球環境の課題を一体的に解決するシステムそのものである。今回、佐渡市の申請書には、江戸時代の金山開発で人口が急増したことから、広く農地が開かれた。また鬼太鼓や能など独自の伝統芸能も生み出され、現在まで守り受け継がれている。2008年から始まったトキの放鳥を契機に、生きものを育む農法によって生産された「朱鷺と暮らす郷米」の認証制度の取り組みを始めたと書かれている。
そこで佐渡島のGIAHS登録の課題を項目別に整理してみる。
①田園の放棄:現在の9300haの水田を維持し耕作放棄された水田を復興するためにはどのような社会システムと島民参加が必要なのか。②人口の減少:現在の島民6万2千人の人口を維持するために、IターンUターン含めて、島内雇用をどのように確保してゆくのか。③都市化:開発途上国ではないので該当しない。④農業政策:現在の農業政策で佐渡島の農業人口1万1千人は生き残れるのか。更に、米価下落の続くなかで島内水稲粗生産額126億円をどのように維持するのか。更に佐渡島の稲作は島の経済を支え続けられるのか。⑤観光:GIAHS登録とは遺跡の文化遺産登録ではないので観光客は増えない。GIAHS観光とは継続する文化的景観の観光であり、そこには島民全体の参加がなければ成立しないが島民の意識は変わるのか。⑥文化的景観への評価の欠如:文化的景観の評価とは佐渡島の棚田や伝統芸能だけの評価ではなく、島民の自主性や島内経済システムへの評価であるが島内社会システムの変革は可能か。
このように今回のGIAHS登録は、島民が自分の問題としてこれらの課題を捉え様々な業種の人たちと連携し自らが課題解決へ参加する、絶好の機会を与えてくれた。朱鷺というシンボルを中心にした「継続する文化的景観」を「朱鷺と暮らす郷づくり運動」を通じて佐渡島が創造することを期待している。そのモデルが日本全体を変え、アジアの稲作文化の誇りを取り戻し、生物多様性の価値観を世界に広めてゆくものと確信している。
現在、TPP参加問題で様々な議論があるが、本当の開国とは「従来の価値観にとらわれずに新たな価値観に向けて国民が心を開く」ことではないだろうか。