絆と盆踊り

 前回、自治会活動に入るきっかけを書いたが、今回は私が企画した自治会活動の一つを紹介したい。絆とは頭で考えるものではなく、人との触れ合いのなかで生まれてくる。

 私の自治会活動は町名地番変更反対運動から始まったが、最初のイベントは盆踊りであった。この企画は私の自治会だけでなく隣接する2つの自治会との合同イベントであった。企画担当は自治会持ち回りであり、幸いにも今回は他の自治会が担当だったので気楽に参加できた。8月の週末の金土日の3日間開催していたが、参加者は実質100人以下であり、もう少し参加人数を増やすことが課題であった。翌年が私の自治会の登板だったので初年度以降、様々な企画提案をした。

 子供たちに集まってもらうために自治会が屋台を出すことを提案した。私の自治会では「焼きそば」を実施することにし、現在では3自治会に加え、子ども会や消防団が屋台を出している。焼きそばは前日までにキャベツをカットし、豚肉を切ってボイルしておき、天カスを用意し、当日は即座に大量の焼きそばを提供できるようにした。現在では盆踊り2日間で500食販売し、利益は自治会の予算に組入れている。焼きそばは盆踊りだけでなく、地域のイベントに常に出店しており、自治会員のボランティア活動により経費は材料費だけなので自治会の貴重な財源になっている。

 更に大人も楽しんでもらうために「大抽選会」を実施し、盆踊りの輪の中に入っている人を対象に抽選券を配るので、踊りの参加者が増え、更に途中で帰る人が減るという効果が出た。景品はもちろん地域のお店から調達したものを出している。

 踊りの内容も当初は農協婦人部を中心とした従来型の曲が中心だったので、なかなか踊りに参加する人が少なかった。その後、子供用にドラエモン音頭を加え、更に鳴子を持ったよさこいソーラン節も加えたので、現在では抽選券配布時には踊りの輪が3重になり、昔は輪がひとつだったことを考えると隔世の感がある。鳴子は子供用も用意し、踊る時に貸出をしている。よさこいソーランは私も含めて地元の有志で連を作り、発表会に参加したり、地元の商店街のお祭りではメイン道路を練り歩いている。

 盆踊りでは踊りがメインであるが、踊るときには太鼓が無ければ盆踊りではない。当初は隣町に太鼓の先生がいたので、その人に頼んでいたが、自分たちの地域で太鼓を打とうという話になり、太鼓の仲間が結成された。仲間は私を含めて当初は5人でスタートし、先生に打ち方を習いながら浅川土手で練習していた。数年後に太鼓の先生がお亡くなりになり、現在では何とか私達だけで格好をつけている。

 太鼓の購入費用については地元の有志が費用の一部を助成してくれた。太鼓の台は自治会の大工さんが作ってくれた。太鼓は盆踊りだけでなく、自治会の一人が戦没者慰霊の活動をしていた関係で、慰霊活動の一貫として様々なところで供養太鼓を打ってきた。特筆はガダルカナル島へ慰霊団と一緒にゆき、様々なところにある現地の慰霊碑の前で霊を慰める供養太鼓を打った。更に、泊まったホテルの中庭では現地の人と一緒に盆踊り大会を実施し、地元新聞に大きく掲載された。自治会地域の絆とは別の絆がそこから生まれた。

 このように様々な盆踊りの企画を提案することによって、イベントには地域の多くの人が集まり、今では自治会だけでなく親戚の人も参加するようになっている。盆踊りの企画の段階では他の自治会のメンバーと一緒に検討し、自治会の連携が生まれ、その後の広域の交流センターの活動につながっていった。