JA大会とNHK

先日開催されたJA大会の模様がNHKのニュースで放送された。平成12年以来12年ぶりのことである。ところが農業新聞ではNHKで放送されたことを解説する記事は私の知る限り掲載されていない。更にJA関係者のあいだでは何故、NHKがニュースで取り上げたのか理解している人が少ない。

ニュースの内容はJA大会で原発反対決議がなされたことであった。JA関係者とすれば大会で原発反対決議をするのは当然であり、何故それがNHKのニュースになるのかという感覚である。原発被害は福島県の農家組合員だけでなく、東北と関東の農家組合員も重大な被害を与えており、現在もJAグループとして東京電力に対して損害賠償請求をしている際中である。そのような状況下で開催される3年に1回のJA大会で、農家組合員の命と生活を守る協同活動の方針として原発反対の特別決議をするのは当然のこと。そして原発反対運動は全国各地で取り組まれており、何も敢えてNHKがニュースで取り上げる必然性は薄いというのがJAグループ関係者の認識である。

私がここで敢えてNHKがJA大会をニュースで取り上げたのが12年振りと書いたのは理由がある。12年前のJA大会でNHKがニュースで取り上げた議案は「安心システム」であった。安心システムとは全農が開発した日本で最初のトレーサビリティのシステム。当時も今回と同様に、何故NHKがJA大会の議案のうち安心システムをニュースとして取り上げたのか、JAグループ関係者は分からなかった。12年前、平成12年という年にはまだトレーサビリティという言葉を殆どの日本人は知らなかった。BSEが起きたのは平成13年9月であり、無登録農薬問題や産地偽装問題も起きていなかった。全農安心システムも平成12年4月に実験事業が開始され、当時、認証されていた産地は北海道宗谷岬牧場の黒牛と九州八女農協のお茶の2つだけだった。農水省が補助事業として全農安心システムに補助金を出したのも翌年の平成13年7月。私としては、当時、NHKがニュースで安心システムを取り上げてくれたおかげで、その後の仕事が円滑に進み、非常に感謝している。

安心システムが当時のJA大会の議案に決定した理由は、組織の内部討議の結果ではなかった。議案を検討している時期には、安心システムはまだ全農で実験事業であり、安心システムという名称も認知されていなかった。大会議案になった理由は農水省の課長の一言であった。担当課長は大会議案に目新しいものが無くて困っている時に、たまたま私の安心システムの企画書が目に触れ、JAグループの消費者に向けた新しいメッセージとして強く指導をしたそうである。このような経過でJA大会議案として安心システムが世間の目に触れ、NHKとしては、従来から生産者向けの活動をしていたJAグループが、安心システムという消費者向けの新たな議案を掲げ、大きく舵をきったということでニュースにした。ニュースというものは、犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースになると昔から言われている。

 今回の原発反対決議も、政府寄りで保守的なJAグループと思われている団体が、票目当ての多くの政治家が出席しているJA大会で、原発反対の決議を堂々としたことがニュースになった。ニュースになることよりも大切なことは大会決議をどのような方法で実現するかである。損害賠償の仕事も大切であるが、原発代替エネルギーを農村という資源をベースにどのように開発するのか、原発風評被害にあっている農畜産物を検査という手法だけでなく、協力してくれる世代の家庭にどのようにアプローチするのか、被災地域の農家組合員だけでなく家畜を含めた命ある生きものの状況をどのように伝えるのか、BSEの教訓をベースに取り組むことは様々ある。そのような取り組みをNHKのニュースで取り上げてもらう戦略を立てて、早急に風評被害から組合員を守ることが大会決議の目的の筈だ。

 長い期間、組織の内部にいると、外側の人たちのニュースとしての重要性がなかなか分からない。これはJAグループに限ったことではなく、東京電力グループも全く同じ。組織というものは、その組織が大きくなればなるほど、社会との関係性が分からなくなる。ハーバートの教授がいう「社会正義」である。肥大化した組織は、その価値観が経営至上主義に陥りがちで、自分たちの組織の仕事と社会との関係性きちんと把握できていない。会社30年限界説というのも、組織が社会正義を意識し続ける緊張感の持続可能年限のことをいっているのだろう。

 私が企画した安心システムはその後、BSE対策にも有効に活用され、米ではトレーサビリティ法という法律にまでなった。しかし企画した本人は現在のトレーサビリティは間違っていると思っている。現在のトレーサビリティが生産履歴や流通履歴に特化し、生産者や加工流通に過度な負担を強いているからだ。そこに社会正義は無い。本来の私の企画書には環境履歴と消費履歴が入っており、更に本当のトレーサビリティは農家と消費者の心が通じ合うことを究極の目的としている。私は、トレーサビリティ原作者として今でも生きもの調査を通じて、その目的を実現しようとしている。