系統という言葉

私が解説している系統という言葉は何を意味するのか分からない、と一連の農協改革の問題点が見えてこない。系統という言葉の使われ方について、これからも様々な解説をしてゆくが、この言葉は同じ地域には住んでいないが「村の意識」を意味する。村といっても様々あるが水田を中心として形成される村のことを指している。

私は全農の時代に全国の村を仕事で回ったが、農家を訪問するときに「全農です」という一言で農家は家にいれてくれる。全く面識が無いのにも関わらず入れてくれ、更にお茶まで出してくれる。仕事の関係者で系統の人間では無い人に、全農の名刺をくださいと頼まれたことがある。理由を聞くと、その名刺があると農家と簡単に話しができるからと答えた。それは何を意味するのかずっと考えていた。答えは簡単であった。系統の人間は農協であれ、当該地域にすんでいない全農職員であれ、農家からみれば皆が村の親戚なのである。よそ者ではないのだ。

今度は何故そうなるのか考えてみた。答えは村の共同作業にあった。水田の管理は用水の管理から水入れ、畦の管理まで1人ではできない。村人全員の共同作業が無いと米は作れない。だから村の結束は固く、更にそれが自然に村の共同意識である「絆」となってゆく。東日本大震災の時の東北人の絆の由来はそのようなところから来ている。昔の日本人であれば誰もが持っていたものであるが、町に住んで隣人が誰か分からない暮らし方をしている人間には理解できない。

今回の農協改革問題は、町に住んでいる共同意識の少ない人間には本質が見えない。しかし今回の問題は農協法という枠組みのなかで維持されてきた、系統という「村の共同意識」が崩壊することを意味しているのではないか。今回の農協改革は「農業・農村の所得向上」を目的として提案されているが、村の共同意識が崩壊して農業・農村は維持できるのだろうか。TPP結着をにらんでの改革提案だと思うが、関税撤廃に反対する運動を指導する事が予想される全中を黙らせる方策としては幼稚過ぎないか。全中も正々堂々と国民に対して自分たちがしてきたこと、更にしようとしていることを説明しなければならない。国民は今回の農協改革の提案を機会に系統という村の共同意識を思い出し、農家と共同してTPPを乗り越える方策が自分たちの意識改革にあることを認識して欲しい。