EU市民の意識転換

1992年以降、EUでは農家に対する直接支払い政策が展開され、EUの農家は国際価格競争から解放され、関税の問題も殆どありません。何故EUで本格的な直接支払い政策への転換が実行出来て日本で出来ないのでしょう。その原因を究明しないかぎり、再び同じ失敗を繰り返します。

その原因の主なものは1980年代から欧州人は環境と農業に対する価値観が変わってきている事です。1980年代のECでは統一通貨も無く、加盟国による農産物貿易の摩擦が起きていたのです。それはEC参加国の為替による農産物価格競争力問題でした。しかし統一に向けてCAP共通農業政策が実施され、それがEU統一の原動力になったのです。しかしEC域内問題は解決してもガットウルグァイラウンドで議論されていた国際関税問題は解決できませんでした。それまでのECは日本と同様に高い課徴金(関税)をかけて域内農産物価格を維持する政策を選択していたのです。しかしガットウルグァイラウンド交渉の結果、高価格政策は財政面でも維持できなくなり、EC域内農家の保護政策を転換せざるを得ない状況に追い込まれました。そこでEU統一を期に改革CAP政策として、価格補填と環境保全の2本立ての直接支払い政策が実施されたのです。日本でも1995年以降、EUと同様の政策が展開されましたが成功しませんでした。

キリスト教の創造神Godとキリスト教徒との契約の考え方
その原因を探っていくとEU市民の自然と農業に対する基本的考え方が日本人とは全く異なる点に辿り着きます。それは日本人にはなかなか理解出来ませんが、EU市民の殆どが信仰しているキリスト教の創造神Godとキリスト教徒との契約の考え方に基いています。旧約聖書の創世記によると、キリスト教徒は自然界を創造したGodから自然界の管理を約束させられ、その代わり自然界の動物や植物は人間が食べられるようにGodに創造されています。キリスト教徒とGodとの契約は絶対であり、契約不履行の場合はその罪によりダンテの神曲に書かれているような地獄の世界に送られるのです。キリスト教徒は死後に訪れる「最後の審判」によって復活し、キリストのいる天国に行くことが信仰の原点なのです

Godが創造した自然界を修復不可能にしたチェルノブイリ
西欧文明は産業革命以降、科学を発達させ、ヨーロッパ大陸の森林破壊や河川の汚染等自然破壊を繰り返して来ましたが、その自然破壊は修復が可能な範囲に収まっていました。しかし1986年のチェルノブイリ原発事故以降は、Godが創造した自然界を修復不可能にしてしまい、キリスト教徒はGodとの契約を破る結果になったのです。その後の福島原発事故以降、EU市民は原発政策の継続がGodとの契約違反を続けることに気づき、ドイツを筆頭にして原発政策を転換する動きになったのです。農業についても歴史的には三圃式農業からノーフォーク農法への転換が産業革命の原動力になり、生産性を向上させる農業が勧められてきました。しかし生産性を追求する近代農業が周辺環境の負荷を増大させ、修復が不可能な状況を引き起こしていたのです。そこで生産性だけを追求する近代農業から脱却し、「持続可能な農業」として有機農業に本格的取り組むようになったのです。これらの一連の環境や農業の流れは政策によって喚起された部分もありますが、EU市民の自然や農業に対する意識転換により政策は支持され、これが環境直接支払いの流れになったのです。現在では直接支払いが価格補填政策から農村環境政策へと大きくシフトしていることもEU市民の意識を反映している証拠です。更に1992年以降は気候変動や生物多様性の取り組みでリーダーシップをとるようになったのもEU市民の一連の意識変革の結果です。