道の駅と直売所の役割

ここ数年、直売所ブームである。道の駅では大きな直売所を構えるところが多くなり、農協の直売所と競合しているところもある。大型化することによってその売上高が倍増し、それが地域の農業に貢献しているかのようであるが、本当にそうなのだろうか。ここで道の駅の本来的な目的と合わせて考えてみたい。

農協であれ道の駅であれ直売所がブームになった理由は何か。それは消費者が求める、新鮮、美味、安全、安心、健康というコンセプトに直売所が対応できるようになったからだ。農産物の取り扱いは農協がその大部分を占めており、その殆どが系統共販という仕組みで行われている。その仕組みは単品大量栽培、市場経由の大量流通が基本であり、レタスの大産地であってもその地域では地域で栽培されたレタスが買えない仕組みなのだ。それは農協が経営しているAコープというスーパーマーケットでも同様であった。

その後、農産物の世界では、残留農薬問題、有機農産物偽ダンボール問題、無登録農薬問題、産地偽装表示問題、BSE問題、遺伝子組み換え表示問題等の様々な「食の安全」の問題が起こった。行政は様々な問題に対処するためにJAS法を整備して栽培方法、産地表示、遺伝子組み換え表示を義務付け、トレーサビリティの仕組みを整備しながら消費者の食の安全に対応してきた。一方、量販店や生協の流通サイドは産地直送を前面に出した販売を積極的に行なってきた。いわゆる生産者の顔の見える販売である。

このような消費者ニーズの流れに加えて、1992年以降、食料自給率問題と地球環境問題が国民的課題としてクローズアップされてきた。食料自給問題からは従来の消費者コンセプトに「国産」という項目が加わり、地球環境問題からは石油エネルギーを使わない「地産地消」という項目が加わった。

これらの消費者ニーズに対応する新たな流通として直売所がブームになったというのが、教科書に書かれる筋書きである。しかし直売所がブームになった本当の原因は消費者ニーズの変化だけではなく、ポスシステムの普及であった。現在の直売所の殆どはポスレジを導入している。直売所に搬入される農産物は小売り単位毎にバーコードが貼付されている。そのバーコードにより、生産者と販売価格と店頭在庫が把握されるようになり、ビジネスとして直売所に農産物が置かれるようになった。ビジネスとは言えない直売の代表例としては農家個人の道路脇の直売スペースがあり、代金回収率は低い。

そもそもの直売所の始まりは農協による農家の老人対策であった。農家の庭先で自家消費用として少量生産していた農産物の余りや、農協に出荷するために選別する際にでる規格外品を小さな袋に入れたり、更に加工品を作ったりしたものを農協の直売所で販売した。その金額は微々たるものであるが、農家の老人が与える孫の小遣いには充分であり、老人の生きがいにもなった。

ポスシステムは農協が市場を経由しないで、量販店の店舗に直接農産物を納品することも可能にした。産地から店舗ごとに仕分けした農産物を直接納品する「インショツプ」と呼ばれる方式が、現在の農家が袋詰農産物を直売所に直接納品できる仕組みの原型となった。

このように直売所の歴史を見てみると、ある一面では消費者ニーズの変化に対応する一つの流通形態として発展してきたかのようである。またある面では農家対策、地域活性化対策として発展してきた側面もある。これらの多様な側面をポスシステムという仕組みが結びつけた結果が直売所であるとも言える。これまでの流通というものは、社会経済の発展とともに消費生活のスタイルが変化し、その変化に対応するかたちで流通形態も変化してきたが、直売所は流通形態の一つとして捉えていいものなのだろうか。

流通形態の一つとして捉えるということは、商品経済の価値観だけで直売所の存在を判断するということになる。そこには欠品欠量はチャンスロスとして許されず、来店する消費者ニーズの変化に合わせて商品仕入れ政策が変更され、周辺の店舗等との価格競争力に打ち勝つために納入価格が下げられ、競争力の無い農家の農産物は納品停止となり、農産加工品は更なる商品開発力が求められ、最後にはリベートまで要求されることになる。直売所が商品経済の経営市場主義で経営されると、消費者の求める地産地消とは似ても似つかないものとなり、最後には消費者からは見放されることは間違いない。消費者は直売所にワンストップシヨッピング等の便利さを求めているわけではなく、地産地消が売り場からどのように感じられるかを求めている筈である。ここでもう一度、直売所に来るお客さんは従来考えていた消費者なのかどうか考える必要がある。

私は直売所を流通形態の一つとして見るのは間違いだと思う。その原始的直売所が地域の老人に生きがいを持たせる起爆剤になったように、直売所は常に地域との関係性抜きに存在しないし、してはならない。地域との関係性の一つとして、直売所は地域の農産物生産構造を変える力を持っている。これまでの農協の産地づくりは単品大量生産の団地づくりを目指していたが、直売所ではこの価値観は通用しない。既に全国の直売所では実施しているところもあるが、直売所を核にした多品種少量生産に地域の生産システムを転換するのである。この転換は単に直売所向けの商品づくりを目的としていないことに注目しなければならない。現在の単品大量生産の産地づくりは、連作を強いるので農地が痩せ、その対策として化学合成の農薬や肥料を大量に使用しなければならない。更に単品産地として一定量を市場に出荷しないと商品の産地ブランド力が低下して農家収入が落ちるので、大型産地はこのジレンマから脱却できない。多品種少量生産に転換すれば、手間暇はかかるが、連作障害は無くなり、天候による被害も品目を変えた作付け変更により対処でき、地域の環境負荷低減に貢献できる。

このように直売所とは地域の農産物を販売するところではなく、名前も「直買所」として地域の環境を皆で買うところ「地域環境直買所」としたらどうかと思っている。そこに集まる人は消費者ではなく、地域の環境の持続的発展を願う人たちなのだ。

中山間地の耕作放棄地の多い地域では棚田米による差別化販売だけでなく、田んぼの生きもの調査に基づく「田んぼの健康診断」を実施することを薦めている。それは棚田米を高く買うことによって耕作放棄地を解消する方策と合わせ、地域の国土である棚田を維持管理する費用を直接支払いする「民間型の環境直接支払い」という寄附行為を直売所で展開する方策も合わせて実施すれば、幅広い支援が受けられるようになるからだ。

田んぼの健康診断とは、田んぼの生きものを環境負荷との関係でABC分類し、田んぼの健康状態を計る仕組みで今年から実施している。従来は「食の安全」という視点だけで田んぼを見ていた消費者が、「国土の健康度」という視点で田んぼを見るので、その時点で消費者から国民に転換している。この視点の転換ができれば「環境直接支払い」という税金の使い方が自分たちの住んでいる国土の保全につながることが分かり、その国土の管理者としての農家に管理料を支払うことに誰もが納得する。これは田んぼを起点とした地域の国土健康度調査であり、水田だけでなく、畑や森林や鎮守の森等の地域全体で行えば、地域全体の健康度が計れる。

直売所はこのような健康診断に基づいた地域の国土健康情報を発信し、その健康診断に参加できるような情報を提供することが大切である。

直売所は従来の流通の一つの形態ではないので、商品経済のマケティング理論で経営をしてはいけない。道の駅の本来の目的である地域振興に貢献する拠点としての活動を展開しなければならない。それは地域経済の発展を優先課題にするのではなく、地域の国土環境を維持発展させなければならない責任がある。国土環境のなかには民地である農地も当然含まれ、そこを起点として国土全体の健康保全を図ることこそ道の駅の存在理由であると思う。