子ども農園

 現在、私の地元の日野市で新規の田んぼを造成中である。こども農園は(仮称)であり、そこでは子どもたちを中心にして様々な活動を展開するのでそのような呼称にしたが、正式にはまだ決まっていない。現在、国交省で特定生産緑地指定制度の創設や田園住居地域の創設が検討されているので「まちづくり農園」としても良いかもしれない。新規の田んぼ造成と聞いて驚く方が多いと思う。何故ならば日野市は市街化区域であり、水田は生産緑地といえども減少するものであって、新規に造成するものでは無いからである。
 私はこれまでに日本の水田を守るために様々な取り組みをしてきた。米の産直事業を様々な取引先と展開し、米のトレーサビリティの仕組みを創って全国に展開してきた。更に田んぼの生きもの調査を全国展開し、生物多様性の取り組みに基づく水田づくりを行ってきた。その結果、コウノトリやトキの放鳥が可能となり、ラムサール会議では「水田決議」がなされるようになった。
しかし水田を含めた地域環境を保全するための環境直接支払いは日本では定着せず、水田の減少は続いている。国土交通省が管理する生産緑地においても、相続税支払いのために水田は宅地に転用され続けている。このような状況のなかで、TPP交渉を放棄したトランプが保護貿易政策や2国間交渉に移行した場合に、日本の関税による農業保護政策は確実に破綻することが予想される。RCEPに移行したとしても3期作を中心としたベトナムジャポニカ米栽培により、日本の稲作は苦境に立たされることは間違いない。
 このような話をしても現在の日本人は殆ど危機感を持たない。何故ならば、日本の稲作農家が潰れても海外から安くて美味しい有機米を輸入すれば良いと考えているからだ。お米という商品に対しては美味しさや安全性、価格を問題にするが、そのお米を作る水田と農家に関しては思いが至らない。つまり日本の稲作農家や水田が無くなっても自分の生活とは関係がないと思っている。
私はこれまでこの危機的状況を説明しながら様々な取り組みを展開してきた。田んぼの生きもの調査を通じて消費者に田んぼを意識してもらい、農家には生きもの調査を通じて国民にメッセージを送るように話してきた。しかし日本の消費者は環境直接支払いの意味を理解出来ないので、国土としての水田を守る意識は芽生えていない。農家もコウノトリやトキが差別化商品として成功したことだけに満足をして、後継者の不足による地域の将来性に危機感を抱かない。もはや私たちの「豊葦原瑞穂国」は最終段階を迎えているような気がしてならない。
 私はこのような絶望感に苛まされながら自分でできることを探し続けてきた。それが平成4年以降、続けてきた地域活動である。当初の地域活動は「交流」を切り口とした活動であり、都市農業研究会を通じて周辺農地や用水の保全活動をしてきた。更にホタルの里を作って子どもたちに生きもの調査を教えてきた。防災活動の一環として「炊き出し食事会」を定例化し、生きもの調査をしている農家との連携を図るために「市民協働マルシェ」で玄米の量り売り販売もしている。そこでは生産者と消費者という関係ではなく、それぞれの地域の田んぼを守ることを目的とするために産地・銘柄・年産は明記せず、生きもの調査をしている農家が作ったお米という情報しか開示していない。量り売りの単位もkgではなく1升枡で量り、1合1升1斗1石という単位を教えている。1升枡で計った玄米と1反の田んぼとの関係性が見えてくれば、田んぼを守ることが自分の生命を守ることにつながっていることが分かる。周辺の田んぼでは子どもたちの稲作体験に生きもの調査を加えて活動をしている。しかし未だに農家の考え方は基本的に変わらず、市役所も農業委員会も発想の転換にまで至っていない。
そのような状況のなかで今回の子ども農園を始めるわけだが、造成場所の地目は農地では無い。私たちが15年前から地域活動をしている拠点のなかであり、数年後には都市計画公園になる予定である。市役所も私たちのこれまでの地域活動の成果を認め、田んぼの造成工事を認めた。認めたといっても造成工事に係る費用や農業倉庫の設置費用は私たちの資金で賄っている。今後の運営はこれまでの運営委員会を中心として子ども農園活動に参加する団体を構成メンバーとして実施する予定でいる。
 私としては今回の子ども農園によって周辺市民や周辺農家が意識改革することを目的としている。子ども農園には周辺の農家にも参加してもらい、周辺の神社からも神様に参加してもらいたいと思っている。今年の計画には抜穂祭や新嘗祭等の神事の真似事をして、神社が抱えている新規氏子の獲得に貢献する予定でいる。もしかしたら11月に子ども農園の周辺には様々な神様が集まり、周辺農家も集まって私たちの地域は「神在月」になるかもしれない。昨年まで行っていた明治神宮新嘗祭のように全国の生きもの調査をしている農家が集まり、その活動が全国の田んぼに広がっていくことを期待している。新嘗祭では私たちが行っている炊き出し食事会を行い、神様に感謝する気持ちを地域住民が持ってほしいと思っている。このような活動を展開してゆけば、田んぼがそこに存在することの意味を地域住民が実感し、周辺の田んぼや畑で起きている農家の悩みに共振し、自分たちができることを真剣に考えるようになる。そうすれば市役所も農業委員会も従来の発想から転換し、地域の住民とともにそこに存在する田んぼや畑の持続可能性を考えるようになる。
 更に数年後には子ども農園を挟む浅川の反対側には広域ごみ処理工場が建設される予定であり、環境汚染を心配して反対する住民活動が一部で行われている。私は新規に造成した田んぼで年3回の生きもの調査をする予定でいる。そうすればごみ処理工場が稼働した結果、周辺環境に変化が生じた場合に田んぼの生きものにも変化が生ずるはずである。数値ではなく五感で感ずる環境変化が田んぼの生きもの調査で分かり、変化がひどい場合は即座に稼働中止の市民活動をする予定でいる。何しろ初めての取り組みなのでどこまでできるか分からないが、取り組みの趣旨に賛同してくれている市民は沢山いる。周辺の農家についてはまだまだコンタクトが不足しているが、全国の生きもの調査をしている農家の仲間は賛同してくれている。この取組は私の人生において最後の取り組みになると思うが、ここから日本のレコンキスタ(国土回復運動)田んぼの保全回復運動が全国に広がっていくことを期待している。